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福岡高等裁判所那覇支部 昭和50年(う)121号 判決

主文

原判決を全部破棄する。

被告人三名をそれぞれ罰金五〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、いずれも金二、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人高江洲良文作成名義の控訴趣意書(四通)にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一  控訴趣意中被告人宮城および同大城についての事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人大城および同宮城は、同澤岻において、原判示補助金については、これを翌年度に繰越使用し得るよう合法化する手続を履践するものと認識していたから、不正の手段により原判示補助金を受けるという犯意がないのみならず、また被告人宮城は原判示補助金を現実に受領していないから、被告人大城および同宮城の行為は補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」という。)二九条一項に該当しないのに、同条項に該当するものと認定した原判決には、事実誤認の違法があるというものである。

よつて審案するに、原審取調べずみの各証拠および当審における事実取調の結果によれば、造林事業補助金の交付は、交付申請にかかる造林事業が竣工した後でなければなされないものであり、このことは造林事業補助金予算を翌会計年度に繰越して使用することが大蔵大臣により承認されたとしてもなんら変わるものでないことが明らかであるところ、被告人大城および同宮城は、同澤岻と意思を通じ合い、原判示山林につき同宮城が松の造林事業を行なつた事実がないのに、あたかも造林事業を行い、それが完了したかのように装い、造林事業補助金交付の申請をしていることが容易に看取されるところであり、したがつて、被告人大城および同宮城の両名において、内容が虚偽である造林事業補助金交付申請書を提出して原判示補助金の交付を受ける旨の認識があつたことは明らかであり、したがつて、右両被告人に補助金適正化法二九条一項違反の罪の故意があつたものというべきである。

また、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、被告人宮城は、昭和四九年五月一五日ころ国頭村々役場において、造林事業補助金として、原判示山林の分のほか真実造林事業が竣工した分に対するものを含めて合計九〇〇万円余を現金で受取つたこと、同被告人が原判示二一四万一四八円を同被告人名義で預金し、その通帳を国頭村役場に預けたのは、同年七月ころであることが明らかであり、したがつて、同被告人は原判示二一四万一四八円を現金で交付されていたことは認定に難くない。

よつて、原判決に所論のような事実誤認の違法はなく、論旨は理由がない。

二  控訴趣意中被告人澤岻についての事実誤認および法令の適用の誤りの主張について

所論は、要するに、被告人は、本件当時沖縄県農林水産部林務課造林係の職にあり、その地位および職掌事項等からみて、補助金適正化法二九条二項の「交付する者」に該当し、同条一項および二項の趣旨からみて、「交付する者」が交付申請者と共謀しても同条一項の共犯にはならないものと解すべきであるから、被告人を同条一項の共同正犯と認定した原判決には、事実を誤認し、法令の適用を誤つた違法があるというものである。

よつて、審案するに、補助金適正化法二九条二項の「交付をする者」とは、支出の原因をなす支出負担行為と、これと表裏をなす補助金等の交付決定処分をするについて、これをある程度実質的に左右する地位にある者を指すものと解すべきところ、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人澤岻は、単に、沖縄県農林水産部林務課造林係員として上司の手足となつて補助的な事務を執つていたにすぎず、補助金の交付決定処分につき、なんら独自の実質的裁量権を有していなかつたものであることが容易に看取され、したがつて、被告人は同条二項の「交付する者」に該当しないものといわざるを得ず、被告人の原判示行為につき、刑法六〇条、補助金適正化法二九条一項を適用した原判決は正当である。

また所論は、被告人澤岻の行為は、予算の繰越しの手続をとらなかつたという行政上のミスにすぎず、補助金適正化法二九条一項の犯罪にあたらない旨主張するが、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、前記一で説示したとおり、同被告人は、被告人宮城および同大城との間に、原判示山林に造林事業をしたことがないのに、造林事業が完了した旨の内容が虚偽の補助金交付申請書を提出し、補助金の交付を受けることの共謀が成立していたことをはじめ、原判示事実を優に肯定することができるから、被告人の行為が同法二九条一項の犯罪を構成することは明らかである。

それ故、原判決に所論のような事実誤認も法令の適用の誤りも存しない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中被告人三名についての理由齟齬の主張について

所論は、要するに、原判決の(弁護人の主張について)の項において、「被告人らにおいては、単に不当な利得を得ようという意思ではなく、次年度においてこれに見合う造林をしてその埋め合わせをするという意図があつた」旨判示し、犯意がなかつた趣旨の判示をしておきながら、原判示事実を認定した原判決には、理由相互間に齟齬があるというものである。

しかしながら、原判決の(弁護人の主張について)の項は、被告人らにおいて、その動機に利得を計ろうというようなことはなかつた旨判示しているにすぎず、被告人らにおいて犯意がなかつた旨判示しているものでないことは判文上明白であり、原判決の理由相互間になんら齟齬はない。論旨は理由がない。

四  控訴趣意中被告人三名についての量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人三名をいずれも懲役一〇月、執行猶予一年に処した原判決の量刑は重きに過ぎ不当であり、被告人三名に対しては罰金刑を科されたいというものである。

よつて、本件記録を精査し、かつ、当審における事実取調の結果をも参酌して審案するに、被告人三名は共謀し、なんら造林事業が行なわれていない山林につき、あたかも造林事業が竣工したかのように装い虚偽の書類を作成し、不正の手段により、二一四万円余にのぼる多額の補助金の交付を受けたものであつて、犯行の手段、方法、交付された金額等に徴すると犯情には軽視を許されないものがあり、その責任は重いといわざるを得ず、原判決の量刑もこれを首肯し得ないわけではない。

しかしながら、沖縄県農林水産部においては、復帰後間もないこともあつてその部課長も予算関係法規に必ずしも精通していなかつたため、本件補助金にかかる予算が繰越明許費となつていることは、部下係員に充分に知らされていない状況にあり、そのため被告人澤岻は、将来も造林事業に対する補助金を引き続き国から配賦してもらい、沖縄県における造林事業を発展させるためには、補助金予算を会計年度内に消化する必要があるものと考え、いわば仕事熱心のあまり、被告人大城および同宮城に働きかけて原判示所為に及んだものであり、被告人大城および同宮城においても被告人澤岻の熱意にひかれて同被告人の申出を承諾したものであり、被告人らにおいては、翌年度には必ず原判示山林で造林事業を行なう意図であつたことがうかがわれ、したがつて、被告人らにおいては、原判示のとおり、補助金の交付を受けることによつて利得しようという意図のなかつたことも認められ、被告人澤岻が本件のような行為に出るについては、農林水産部の上司が充分に監督指導しなかつたことにも原因の一端があるものといわざるを得ないし、本件交付にかかる補助金二一四万円余は、すでに加算金とともに全額返還されており、一方、昭和四八年度の補助金の交付状況をみるに、いわゆる未竣工工事でその交付を受けたものが全国では四七六件、金額にして約三三億円にも達していることを考え、さらに被告人らが平素まじめで善良な市民であり、これまでなんの非違もなかつたこと、とくに被告人澤岻については懲役刑を科されるとたとえ執行猶予となつても地方公務員の職を失うことになることなど諸般の情状を斟酌するときは、被告人三名に対しては罰金刑を科するのが相当である。したがつて、被告人三名に対し、いずれも懲役刑を科した点において、原判決の量刑は重きに過ぎ不当であると認められる。論旨はいずれも結局において理由がある。

よつて、本件各控訴は、いずれも、理由があるから、刑訴法三九七条、三八一条により、原判決を全部破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定に従い、さらに、自ら、つぎのとおり判決する。

原判決が認定した事実に原判決摘示の各法条を適用し、被告人三名につきいずれも所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人三名をそれぞれ主文二項掲記の刑に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとして、主文のとおり判決する。

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